17.実力本位の時代

1972年、田中角栄首相が日本列島改造論を唱え、いわゆる「バブル経済」の時代に突入し、その後日本経済は約20年にもわたり成長を続けましたが、1990年前後から土地の価格が暴落しバブルがはじけてしまいました。バブル時代には、神話のごとく「絶対的な真実」が3つありました。
最初の真実は「土地の価値は絶対に下がらない」と信じていました。土地を所有していれば永遠に価値は減ることなく、むしろ増加する不動の価値がある、それを既成事実として容認していました。金融機関から融資を得るために土地を担保としていました。誰もかれも、土地所有に走り預貯金をはたいても土地の購入に走っていました。
2番目の真実は一番安定している職業がサラリーマンでした。一流大学を卒業し一流の会社に入れば定年まで、またその後の生活も保障されていると神話のように信じていました。企業からは滅私奉公を要求されましたが、終身雇用制度、年功序列制度に守られて「サラリーマン稼業を勤め上げる」ことに一生懸命でした。
3番目は学歴偏重の真実でした。学閥が重用されコネを頼りに世の中をいきぬく処世術を身に着けようと必死でした。「教育ママゴン」というモンスターが生まれたのも時代の背景として当然のことでした。

土地、サラリーマン生活、そして学歴を三種の神器の如く手に入れようと日本人は必至に努力してきました。しかし、それが、バブルの崩壊と共に消滅してしまいました。過去の真実が通用しなくなりました。現在はどうなったのでしょうか、新たな事実で置き換えられていると思います。

まずは土地重視経済から知恵重視社会へ移行です。本人自身の実力が問われる時代となり、投資するならば土地よりも「自分自身」に投資し知恵を蓄積する時代に変化しました。
2番目の職業に関しては、サラリーマンだけが安定した職業だと言う時代は終わりました。年功序列や終身雇用制度は基本的に消滅し、代わりに能力給や実力主義が導入されました。全ての職種にチャンスがあるかわり、当然のことながらリスクもあります。このような時代には、目指す職業はマネジメントを志すか、または職人のような専門職に可能性があります。前者のマネジメントを志すならば、大学を卒業し社会経験を積んだ後、ビジネススクールで実学を勉強することが近道ですが、いずれにしても平均的で誰もができる仕事に将来性がありません。それらの仕事はAI(人工知能)に早晩奪い去られるでしょう。ポジティブに考えれば、真の意味で、自分のやりたい職業を自由に選択できる時代になってきたのです。
3番目には学歴という入れ物の社会ではなく人間の器量、人間力そのものが重視される時代になってきたことです。周りの人から尊敬され社会に貢献できるような人が真に求められています。それは実力の真価が問われる時代で、グローバルな立場に立って物事を考えられる人間が重用される時代になりました。自分自身に投資をし、自己研磨すればそれだけの見返りが必ずあります。
 
「正社員が没落する、湯浅誠、堤未果共著、角川ONEテーマ21 2010」を読んで考えさせられてしまいました。「アメリカの現状は正規雇用が減り、派遣社員やパートが増加する傾向にある。その為に仕事を選択する余地がなくなり、目の前の仕事でも断れない事情が生じてくる。その結果、『NOと言えない労働者』が増え、きちんとした労働条件が整っていない職場でも人が集まるようになる。企業は社員を社員とも思わずに、労働者はコストの一部であると見るようになる。労働者をコストと思えば、コストの安い人を採用すれば利益が増える。その結果、社員を大切にする企業は競争に生き残れなくなり、ますます労働条件は全体に地盤沈下していく。このような企業が増えてゆくと「悪貨が良貨を駆逐する」ごとく社員を大切にする企業は消滅する。結果として、さらに労働市場は壊れ、貧困が増大していく。この悪循環を「貧困スパイラル」と呼ぶ。」
 
日本でも市場原理が過度に作用する傾向にあり、「ワーキングプア層」が増大する一方で中流階級が急激に減り社会構造に大きな変化が生じています。「ワーキングプア層」というのは働けば働くほど貧困になる人々で、これは市場原理が行き過ぎた結果生じた社会現象です。働けど税金、健康保険など社会コストが増加し、その為に可処分所得が少なくなり働く動機が低下し、悪いことにストレスが溜まり心身ともに疲れ果て退職せざるをえなくなる。さりとて再就職は難しく失業するが、失業保険も少なく最後には個人破産になってしまう。この現象が既にアメリカでは進行中で、日本でも同様な現象が生じると予想されます。
将来は暗そうですが、全体としてこの方向に向かっていると認識することが必要で、できうるならば防止すべき方向に動き出すべきです。日本人の知恵を働かせ、日本を住み易い社会にしなければなりません。暗い話だからといって耳を塞ぎ逃避するのではなく、当事者意識をもって今まで以上に政治に興味と関心を持つことが肝要です。
 
個人的に思い起こすことは、ちょうどバブルがはじけた90年前後のことです。仕事においては例外にもれず予算達成が難しい時期でした。売上ターゲットが達成できなければ、利益予算だけでも達成しなければなりません。バブル以前は採用するビューティアドバイザーは全員が正規社員でしたが、時代の流れがパート・契約社員の雇用が容易になってきました。売上未達成分をコスト節減によってカバーするために、非正規社員の採用を基本方針としました。お陰で利益予算が確保できたので本社からのプレッシャーを、その年度は排除できました。
正規社員から非正規社員への転換は、会社にとってコスト削減になりますが、ビューティアドバイザーの立場に立つと好ましいことではありません。そのためにエスティローダー・ブランドは本社に報告することなく、独断で非正規社員を正規雇用に更新できる道を決めました。条件は個人売上実績、勤務状況、そして上司の評価が良ければ正規採用に更新したのでした。結果としては、前年採用の非正規雇用の8割を正規社員に昇格することができました。このシステムを以降継続しました。コスト削減のために人員カットし経営効率を上げるよりもビューティアドバイザーの能率をあげる工夫が重要だと判断したからです。
 
「実力本位の時代」、つまり人間力の時代にはどのような特質を備えればよいのでしょうか。スポーツの世界では「心技体」が三位一体となって身についた人間が一流と言われますが、一般的に「心」とは「志、精神力、心の強さ、使命、構想、価値観」、「技」とは「技術、スキル、マ-ケティング、セ-ルス、コミュニケ-ション」などの専門知識、そして「体」とは「身体能力、取り組みの姿勢、挨拶、返事、掃除心」などの常識を身に着けることです。これをビジネスに応用すると、それは「知識・経験・情熱」の三位一体になります。
豊富な知識を有し、その知識を知恵まで昇華し実務に活かし、多くの経験を積んで重大事件が生じても動じない心を持ち、マーケティング目標の達成にむかって邁進する情熱を有することだといえます。これらの三位をバランス良く備えた人間が真の実力ある人間です。

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