38.マーケティング部内の出来事

入社して数か月もすると社内の人間模様が徐々にわかってきました。不統一な組織を活性化するには時間がかかるものだと覚悟して、まずはできるところから手を付けることにしました。
私自身はどちらかというと織田信長のように短兵急に行動する人間ではありません。考えて考えた結果、安定した日本企業から転職を決意して選んだ進路です。しかし徳川家康のように悠長(ゆうちょう)に構えるほど呑気でもありません。一年ほどは我慢して新しい職場に適応できるよう努力することにして、その間、現状把握、部下の掌握、そしてニューヨーク本社とのコミュニケーションを強化することにしました。
私自身、プレミアム・マーケティングを熟知していません。これを習得しなければ事業を活性化することはできません。入社当時、新人研修プログラムをニューヨーク本社から提示されていましたが、そのプログラムは、アメリカ各地における現場研修を経て、ニューヨーク本社の幹部面談で終わる6か月の長期研修で、プレミアム・マーケティングを理解させることが目的だったようです。よく考えられた研修プログラムでしたが、それほど呑気に日本を離れたくないと思い、日本支社長に期間を縮小するよう本社と交渉してもらいました。結果は、要望が受け入れられ、少し驚きましたが3週間に変更になりました。即座に本社に研修に関する新たな提案をしました。
私の優先課題はマーケティング部員(12人程が在籍)の掌握です。実は、私の入社とともに人事異動があり、前任者のマーケティング部長が他事業部に異動になり、その後釜として私が採用されました。前任者は温厚な人間で、部次長と二人三脚でマーケティング部を波が立つことなく管理していました。この人事異動が発表になると、その部次長は信頼していた上司が異動したので嫌気がさして転職を考えているようで、多分、これは推定ですが、彼は部長に昇格されることを期待していたのかもしれません。
部次長が転職を真剣に考えているので、私の研修プログラムに彼を同行させたいと提案しました。この本社研修を部次長の「やる気」をおこさせる動機付けにしたかったからです。私のほうに優位性があったからでしょうか、本社は提案を受けました。ただし、部下との合同研修は不可能ということで、私が先行渡米して二週間後、部次長がニューヨーク本社に来訪し本社研修に参加することになりました。このケースは前例がないといわれましたが、受けていただきレゾンデートル(存在理由、働きがい)を感じたのです。いずれ彼は転職してゆくとわかっていましたが、すくなくとも1年間は部内のコミュニケーションをとるために彼の存在が必要でした。

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