はじめにあたり

1967年春、慶応義塾大学商学部を卒業し、学生時代から少しだけ興味を持ち、少しだけ勉強していたコンシューマー・マーケティング、この少しだけの知識を更に生かしたいと思い、当時、この分野では最先端の消費財マーケティングを展開していると評判の高かった(株)ライオン歯磨(現在のライオン株式会社)に入社しました。最初に配属になったのは開発部LBM課、ここは米国ブリストル・マイヤーズ社との合弁会社、その頭文字をとって名付けられ課であり、財務諸表を作成することが業務でした。与えられた仕事は一番苦手としていた経理関係でしたが、商学部卒業にもかかわらず一番苦手な経理の担当とは、なんと運が悪いと思いました。更に、最初の仕事は大嫌いな簿記の仕事でした。簿記は商学部の必須科目であったにも関わらず、確か成績は落第スレスレの点数でした。卒業後は商社に入社して海外に羽ばたきたいと思っていたので、簿記勉強の意欲はまったくゼロだから当然のことでした。毎日の業務が赤伝票と青伝票を仕分けして財務諸表を作成する仕事だったとは、おまけに算盤をパチパチとはじきながらでした。今のような計算機がまだない時代で、計算といえば唯一のツールが算盤しかありませんでした。しかし、幸いなことに算盤に関しては、子供の頃、母親に強制的に算盤塾に行かせられ3級だったので問題はありませんでした。外資の窓口といえば、一見カッコよく見えるのですが、内実は若気の至りで、ダサイ仕事と思いこんでいました。

「イヤダナー」そんな気持ちで新入社員生活が始まりました。基本的に周りの人から教わるのが好きでない性格なので、発心して参考書を購入し独学で簿記を最初から勉強し直そうと決めました。元来は学校で勉強しておけばいいものを後悔しても時すでに遅しでした。しかし、なんとか1年かかり簿記のイロハを理解できました。それまでは言われる通りに仕事をする毎日、簿記がわかってやっと自分の仕事の位置付けが理解できるようになりました。しかし、結果的には、このようなスタートがマーケティングのキャリアを積む上で大変役に立つことになりました。

マーケティングに数字はつきもの、数字になじみ、マーケティングを自分のものにするには数字を身近なものとしなくてはなりません。マーケティングはクリエイティブとか販売だと誤解している人がいますが、そうではありません、計数管理もマーケティング管理の重要な仕事の一つです。

自分が好まない仕事が与えられたとしても、その環境から逃げるのではなく、飛び込んで自分の成長の糧にすべきなのです。そこには必ず素敵な世界が開けてくるはずです。どんな時にも前向きにとらえて挑戦する気持ちが大切です。

ライオンに入社してから16年後、お世話になったライオンを辞し米国のマイルス・ラボラトリーズ社へ転職し3年在籍して最終的な就職先であるアメリカの化粧品会社エスティローダー社へ再就職しました(入社年度は次のグラフに縦矢印でマーキングしています)。振り返ってみると通算40年近くマーケティングに関連する仕事をしてきたことになります。

特記すべき自分の経歴は、ライオン社やマイルス社でトイレタリーズ・医薬品のマーケティング、そしてエスティローダー社では高級化粧品のプレスティージ・マーケティングを経験してきたことです。また、日本の企業と欧米の企業、それぞれ異質な企業文化の下で仕事ができたこともよい経験になりました。

特に、エスティローダーでは20年以上もの長い間高級化粧品の業務に携わり、入社当時のマイナーなブランドから業界でも有数の有名ブランドに育てあげることができたのはアメリカ本社の協力なしには不可能でした。しかし、それにも増して、スタッフ並びに現場のビューティアドバイザーの皆さんが一致団結してブランドを盛り上げてくれたおかげです。

その皆さんに感謝の気持ち表すために経験を書き残したいと思ったのが、この「コスメ・マーケティング読本」を書き始めた理由です。

2007年にエスティローダーを離れてから5年後の2012年からこの「読本」を書き始め、書き終えたのが4年後の2016年でした。その後、約2年間にわたり知人にメールマガジンとして配信しコメントをいただき、それを読本の最後に追加し完成とさせました。

この読本ではエスティローダーの栄光のために実践したマネジメント並びにマーケティング活動を分かり易く記しました。現場で働くビューティアドバイザーの皆さんだけでなく、化粧品以外の高級品の販売に従事する人にとっても参考になることを願っています。

本書では「プロダクト」を「製品」という用語で統一して使用しています。一般的には、プロダクトは「商品」と「製品」があり、「製品」は生産された品物で、製品が売買に供されると「商品」になります。「商品」は最終品ですが「製品」は消費者の手元に届く前の品物として区別されています。また、「商品」は品物以外の物、例えばサービスなどにも使えます。元来は区別して使用すればよいのですが、ニュアンスというか響きが「製品」の方がスッキリしているのでそれに統一して使用しています。

山口信和 

0コメント

  • 1000 / 1000